大阪地方裁判所 平成5年(ワ)8955号 判決 1999年3月04日
原告
破産者甲野花子
破産管財人
滝井繁男
右訴訟代理人弁護士
清水正憲
同
小松陽一郎
同
森澤武雄
同
小林邦子
同
橋口玲
右訴訟復代理人弁護士
池下利男
被告
株式会社日本興業銀行
右代表者代表取締役
黒澤洋
被告
興銀ファイナンス株式会社
右代表者代表取締役
小林秀文
右両名訴訟代理人弁護士
加藤一昶
同
大江忠
同
加藤幸則
同
笠井翠
同
向井秀史
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 主位的
1 被告株式会社日本興業銀行(以下「被告興銀」という。)は、原告に対し、金五億一〇〇〇万円及びこれに対する平成三年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告に対し、各自金一五億円及びこれに対する平成三年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 予備的
1 被告興銀は、原告に対し、金五億一〇〇〇万円及びこれに対する平成三年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告興銀ファイナンス株式会社(以下「被告興銀ファイナンス」という。)は、原告に対し、金一五億円及びこれに対する平成三年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、被告らが、甲野花子に対して、被告興銀の発行する割引興業債券(以下「ワリコー」という。)を担保とする融資を継続したことについて、このような取引は、貸金の利息がワリコーの利息を上回っていることから、右甲野に確実に損失をもたらす不合理な取引であるのに、被告らが、右甲野にワリコーを購入するための融資を要請して、右甲野に逆ざやとなる利ざや相当額の損害を与えたと主張して、右甲野の破産管財人に選任された原告が、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償を求めるとともに(主位的請求)、右請求が認められない場合には、原告が、右甲野の被告らからの借入れ行為又はそれにより逆ざやとなる金利の支払行為を破産法七二条一号により否認し、不当利得返還請求権に基づいて、被告らに対し、右甲野が既に支払った利息のうちの逆ざや相当額を返還するよう求める(予備的請求)事案である。
二 前提事実(争いがない事実及び証拠により容易に認定することができる事実。なお、一億円未満の端数は切り捨てて表示することがある。)
1 原告は、平成四年六月一二日午前一〇時、大阪地方裁判所において破産宣告を受けた甲野花子(以下「破産者」という。)の破産管財人である。
被告興銀は、銀行業を営む株式会社であり、被告興銀ファイナンスは、被告興銀の系列会社で、金銭の貸付け、信用保証業務を営む株式会社である。
2 破産者は、昭和四〇年ころから、大阪市南区(現在中央区)千日前において、マージャン店、割ぽう及び料亭等を経営し、破産者に資金援助をしていた者から譲り受けた資産などをもとにして、昭和六二年ころからは、金融機関からの借入金等によって大量の株式投資を行うようになった。
3 破産者は、昭和六二年三月、被告興銀において、ワリコー一〇億円を購入し、被告興銀との取引を開始した。破産者は、被告興銀に対し、昭和六三年三月一六日、銀行取引約定書を差し入れて、破産者が被告興銀に現在差し入れている担保及び将来差し入れる担保は、現在及び将来負担する一切の債務を共通に担保する旨を合意した。
4 破産者の被告興銀からの借入残高は、平成二年九月二八日現在、次の合計九七二億円であった。
(一) 長期運転資金 二二二億円
(二) 当座貸越し 七一億円
(三) 設備資金 一二九億円
(四) 短期運転資金(手形貸付け)
五五〇億円
5 右のうち、(一)長期運転資金と(二)当座貸越しは、平成二年九月二八日から平成三年八月一三日までの期間中、その残高は右4記載のとおりで変動はない。(三)設備資金は、約定どおり返済され、平成三年八月一三日現在の残高は一一八億円であった。(四)短期運転資金(手形貸付け)は、平成二年九月二八日から平成三年八月一三日までの期間中、別紙「(興銀)貸付け状況表」記載のとおり、その残高が二六〇億円から五六〇億円の範囲で変動している(後記原告の主張中のワリコー担保貸付け一覧表(一)の番号1から21までの取引は、いずれもこれに含まれる。)。
6 破産者が、被告興銀に対して差し入れていた担保はワリコーや預金等であったが、平成二年九月二八日から平成三年八月一二日までの期間中に差し入れていた担保のうち、ワリコーの残高(評価額)は、別紙「(興銀)貸付け状況表」担保明細ワリコー欄記載のとおり、二五六億円から八〇九億円の範囲で変動している。
7 破産者は、平成元年六月、金融取引約定書を差し入れて、破産者が被告興銀ファイナンスに現在差し入れている担保及び将来差し入れる担保は、現在及び将来負担する一切の債務を共通に担保する旨を合意した上、被告興銀ファイナンスから、ワリコーを担保にして、手形貸付けにより二〇〇億円を借り入れて、被告興銀ファイナンスとの取引を開始した。
8 破産者の被告興銀ファイナンスからの借入額は、平成元年一二月にその残高が六七〇億円に達して以後は、三か月ごとに借換えが繰り返されただけで、その残高に変動はない(平成二年九月二八日から平成三年八月一三日までの期間の借換え状況は、別紙「(興銀ファイナンス)貸付け状況表」記載のとおりであり、後記原告の主張中のワリコー担保貸付け一覧表(二)の番号1から11までの取引は、いずれもこれに含まれる。)。
9 破産者が被告興銀ファイナンスに対し差し入れていた担保はワリコーのみであり、その平成二年九月二六日から平成三年八月一二日までの期間中の残高(券面額)は、別紙「(興銀ファイナンス)貸付け状況表」担保明細ワリコー欄記載のとおり七〇五億円から七一九億円の範囲で変動がある。
10 被告興銀の破産者に対する貸付金の利率の加重平均とその担保となっているワリコーの利率の加重平均との対比は、別紙「貸出利率担保利率比較表(日本興業銀行関係)」記載のとおりであり、被告興銀ファイナンスの破産者に対する貸付金の利率の加重平均とその担保となっているワリコーの利率の加重平均との対比は、別紙「貸出利率担保利率比較表(興銀ファイナンス関係)」記載のとおりである。
11 破産者は、平成元年ころまでは株価が上昇基調にあったことから、株式投資等によって相当の利益を得て資産額も増大させていたが、その後の株価の暴落、不動産価格の大幅な下落、金融機関からの数千億円に上る借入金の金利負担等から、資産状態が悪化していった。
12 破産者は、平成三年八月一三日、有印私文書偽造・同行使罪により逮捕され、大阪地方裁判所に有印私文書偽造・同行使、詐欺、背任等罪で起訴され、平成一〇年三月二日同裁判所により懲役一二年に処する旨の有罪判決を受けた。
13 破産者は、資金不足により、平成三年八月一九日に第一回目の、同月二〇日に第二回目の手形不渡りを出し、同月二六日、銀行取引停止処分を受けた。
14 破産者は、平成四年五月二二日、破産申立てをし、同年六月一二日午前一〇時破産宣告を受けた。
三 争点
1 被告らの破産者に対するワリコー担保の融資が破産者に対する不法行為となるか(主位的請求関係)
(原告の主張)
(一) 被告興銀は、破産者にワリコーの購入を要請し、破産者もこれに応じて大量のワリコーを買い付けていたが、被告興銀の購入要請が次第に多額になり、破産者の自己資金ではまかないきれない金額となったため、破産者は、被告興銀や被告興銀ファイナンスをはじめとする興銀グループからの借入れによってワリコーの購入資金を調達し、その購入要請に応じるようになった。破産者は、これらの借入金で購入したワリコーを担保にして新たな借入れを繰り返し、満期を迎えたワリコーを借入金の返済に充てることなく、新たなワリコーを購入し、これを引き続き借入金の担保として提供し、被告らとの取引を増大させていった。
しかし、ワリコーを担保にしてその額面とほぼ同額の資金を借り入れると、借入金利の方がワリコーの金利よりも高いため、このようなワリコー担保融資は、その金利差(いわゆる逆ざや)相当の損失を破産者にもたらすものであった。不動産や株式を担保として融資を受ける場合には、担保物の値上がりによる利益が負担する利息を上回ることがあり、さらに不動産については、換金が容易でないとか、その使用価値が利息を上回るなどの事情によって、それが合理性を有するものと考えられるが、ワリコーは換金自由であり、償還期前に処分することもできるのであり、ワリコーを担保にその額面と同額の融資を受けることは、もともとその必要性に乏しく、ワリコーを担保に継続的に融資を受ける行為には、前二者のような合理性が全く見当たらず、確実に損害のみを受けることが明らかな取引なのである。
(二) 破産者の金融機関に対する利息支払総額は、昭和六一年度は一一億七二〇〇万円、同六三年度は五五億三五〇〇万円であったのに、平成元年度には二六九億七三〇〇万円、同二年度には六二六億八四〇〇万円にも上っており、借入金をそれまでの借入金の返済と借入れの担保としてのワリコーの購入にあてるのみで、格別生産的手段に投資していない一私人が、このような膨大な金利負担に耐えられないことは、遅くとも株価が下落傾向を定着させた平成二年夏以降は、だれの目にも明らかであった。破産者は、平成元年末時点で、約五〇〇億円の債務超過に陥り、平成二年ころには、七〇〇〇億円を超える借入金の金利負担額が年間六〇〇億円にも達していて、その資産状況はさらに悪化することが確実であった。
(三) 貸金業者については、顧客の資力又は信用、借入れ状況、返済計画等について調査し、その返済能力を超えると認められる貸付けをしてはならないとされている(貸金業の規制等に関する法律―以下「貸金業法」という。―一三条)ところ、これは、貸主による利潤追求のみを目的として借主の返済能力を超えた貸付けがしばしば行われ、それが借主の生活を破滅に追い込むことがあったため、そのような貸付けは契約自由の名のもとにおいても許されないことを明らかにしたものである。このように借主の返済能力を調査した上で貸付けを行わなければならないのは、貸金業者だけに限られるものではなく、銀行においても同様である。
しかるに、被告らないしその従業員は、破産者の資力、借入れ状況、返済計画などを無視して漫然と貸付けをつづけたものであり、遅くとも平成二年九月以降は、このような破産者の資産及び負債の状況並びに経済状況のもとで、破産者に対して新たにワリコーを担保とした貸付けをすることは、貸主である被告らが逆ざやによる利息を確実に手中におさめる一方で、借主である破産者に同額の損害を与える違法なものである。
(四) 次の(五)のような点からすると、被告興銀ないしその従業員は、ワリコー担保貸付け一覧表(一)記載のワリコー担保貸付けが、右のように破産者に対する違法な権利侵害となることを知り、又は知らなかった点に過失があり、被告興銀ファイナンスないしその従業員は、ワリコー担保貸付け一覧表(二)記載のワリコー担保貸付けが、右のように破産者に対する違法な権利侵害となることを知り、又は知らなかった点に過失がある(以下ワリコー担保貸付け一覧表(一)、(二)記載の融資をあわせて「本件融資」という。)。
(五) 破産者の被告興銀からの借入れは、平成二年三月以降、常に七三〇億円から九三〇億円の間で推移する膨大な額に及んでいた。しかも、平成二年九月以降は、その大部分がワリコーを担保とする貸付けである。このような異常な取引によって破産者が損失を出していることは、被告興銀ないしその従業員においても知り得たはずである。その異常性からすると、破産者が、そのような損失を承知の上で、あるいはそれ以上の利益を上げられると判断して、自由な意思で取引をしているわけではないことも知り得たはずであるから、そのような場合には、被告興銀ないしその従業員は、破産者に対し、そのような取引が合理性を持つような特別事情があるかどうか、それが真に自由な意思に基づくものであるかどうかを確かめ、それが明らかにならない以上、そのような貸付けはすべきではなく、取引を継続しない義務を負担することになったというべきである。しかるに、被告興銀ないしその従業員は、これを怠り、破産者に一方的に損失を生じさせるワリコーを担保とする貸付けを実行・継続し、途中でこのような不合理な取引から破産者を離脱させることもなく、甚大な損失を被らせ続けたのである。
(六) さらに、被告興銀は、被告興銀ファイナンスの破産者に対する貸付けについても、同社の親会社として、前記の事情を知りながら、自らの貸付けには銀行法上の制限があることなどから、グループ内の被告興銀ファイナンスに自らが得ていたと同じ不当な利益を得させようと考え、右取引をしょうようしてこれを行わしめたものであるから、被告興銀ファイナンスと共同不法行為責任を負うべきである。
(七) 破産者は、被告興銀の違法なワリコー担保貸付けによって、ワリコー担保貸付け一覧表(一)逆ざや差額欄記載の合計七億八一七〇万円の損害を被った(本訴ではそのうちの五億一〇〇〇万円の支払を求める。)。
破産者は、被告興銀ファイナンスの違法なワリコー担保貸付けによって、ワリコー担保貸付け一覧表(二)逆ざや差額欄記載合計一五億九九六〇万円の損害を被った(本訴ではそのうちの一五億円の支払を求める。)。
(被告らの主張)
(一) ワリコー担保融資の違法性等について
(1) 破産者は、ワリコーを担保に貸付けを受けた元本を被告らから拘束されることなく利用していた。利息は元本利用の対価であり、貸主が取得する元本を抜きにして、貸付利率と担保となっているワリコーの利率を比較し、前者が後者を上回っているからといって、ワリコー担保融資が原則として違法であるということにはならない。
ワリコーは債券として独自の経済的価値(債券市場における売買可能性)を有するものであって、単純に破産者の資金を被告興銀に渡して、それとほぼ同額を借り入れて金利を支払っている場合と同視することはできない(当然に相殺計算ができる関係にはない。)。借入れに伴う金利負担は、元本利用の村価であり損失ではない。破産者自身もそのような金利負担を承諾していた。
(2) 貸付額が大きく、それが長期間に及んでいることによって、ワリコー担保融資が違法性を帯びるものでもない。そのような状態が継続することによって、金利負担が増加するが、借主は、それに比例して多額の元本を長期間利用できるのであるから、その対価関係には何ら変わりはない。
(3) 被告らは、破産者に対し、破産者の多数の金融機関からの借入れについての資金繰りに対応するためのつなぎ資金として、本件融資をしたものである。金利を負担してつなぎ資金としての借入れをし、それによってどのような経済的利益を受けるかは、借主自身の自己責任の問題である。
破産者は、借入れによって得た資金によって大量の株式等の投資をしていたものであり、はじめから資産と負債を両建てで膨張させる手法によって、金融機関に対する信用を揺るぎないものにし、多額の資金繰りを可能にして、ばく大な投資利益を上げていたのである。破産者は、逆ざやとなることをはじめから承知の上で、このような取引を継続し、純資産の額を昭和六一年度には一一五億円、同六二年度には一五一億円、同六三年度には二六四億円と増大させていったのである。株価が下落局面に入ってから、純資産は消滅し純負債を増大させることとなったが、株価の上昇の余地がなかったかどうかは、その当時確実に予測することは不可能であり、結果的にその投資が失敗し、経済的に破たんしたからといって、その責任を被告らが負担するいわれはない。
(4) ワリコー担保貸付けは破産者の自発的意思に基づくものであった。
破産者が、被告らからの借入金によって、直接ワリコーを購入したことはない。破産者が購入したワリコーは、すべて破産者に手渡されており、購入と同時に被告らが担保として取得したことはない。
被告興銀が、破産者にワリコーの購入を要請したことはない。破産者は、被告興銀と取引があることを自らの信用力に利用しようとして、自発的にワリコーを購入したものである。
被告興銀は、ワリコー担保の貸付けを圧縮するよう破産者に提言していたが、破産者がこれに同意しなかったため、やむなく融資を継続していた。
(5) 被告らには説明義務はない。
破産者は、金銭を銀行から借り入れたときは利息を支払うことになること、差し入れた担保に貸主からの利息の支払が期待できるものについては、貸付け利息からその担保品の利息を控除した差額のみを実質的に負担すれば足りること、借入額が大きくなるほど支払う利息が大きくなること、借入期間が長期間になればそれだけ支払う利息が多額になることなどを知っていたから、ワリコー担保融資によって破産者が逆ざやとなる金利を負担することについて被告らが説明義務を負うことはない。
(6) 被告興銀ファイナンスは、ワリコーによって資金調達をしていないから、そもそも原告が主張するような逆ざやにはなっていない。
(二) 被告らの故意過失について
破産者は、自らの財産状況を被告らに明らかにしなかった。被告興銀の担当者は、破産者と取引のあった証券会社の社員からの聞き取り調査や破産者自身からの聞き取り調査の結果をもとにして、可能な限りその財産状態の把握に努めたが、破産者は、自らの資産内容を金融機関に明らかにせず、被告興銀が破産者の確定申告書の控えの提出を求めた際にも、破産者は、昭和六三年度と平成元年度の所得が赤字で申告納税額が零であったのに、昭和六三年度には課税所得が一六億六九〇〇万円で、九億八三四〇万円の申告納税額があった旨の、平成元年度には課税所得が一億四三九四万円で、一億〇四八三万円の申告納税額があった旨の虚偽の内容の確定申告書控えを被告らに提出して、その判断を誤らせた上、東洋信用金庫(以下「東洋信金」という。)等の偽造定期預金証書等を利用して、被告ら金融機関を積極的にだましていたのである。
破産者は、資産と負債の双方を増大させる方法で、見せかけの巨額の資産を保有し、東洋信金等の偽造定期預金証書を利用して、最終的に二七四一億円もの優良資産を金融機関等から取得して、株式投資等に多額の資金をつぎ込んでいたのであり、金融機関に対する信用力は不動のものとなっていた。破産者が逮捕されて預金証書の偽造等の事案が解明されるまで、破産者の資産形成過程、取引状況の実態を正確に把握していた金融機関、証券会社は存在していなかった。
被告興銀の貸出金額は、最も多いときで九八一億円であり、右のような破産者の資産総額からみれば、それほど大きいものではなかった。また、破産者は、被告興銀に対し、多額の担保を再三差し入れ、差し替えしており、その間、約束を違えたり、履行を遅らせたりすることはなかった。
被告らは、破産者の金融機関からの借入れ総額が七〇〇〇億円に達していることは知りえなかったし、仮に知っていたとしても、右のような破産者の潤沢な資産運用状況の中では、破産者の経済状態が破たん状況にあったことに気が付かなかったとしてもやむを得ないというべきである。
以上のような点からすると、被告らは、破産者の財産状況が右原告の主張(二)のようなものであることを知らず、また、知らなかった点に過失はない。
(三) 破産者の判断能力
破産者は、約五年間にわたって、極めて頻繁に多数回の借入れや割引債の購入、定期預金、通知預金の預け入れ、これらの預金等や株式などを利用した頻繁な担保の差し替え等を、多数の銀行、長期信用銀行、ノンバンク、証券会社と行い、その間に、木津信用組合、東洋信金、ナショナルリース、大信販を犯罪に巻き込んできたのであり、そのこと自体が、破産者に判断能力があったことを如実に物語っている。
(四) 共同不法行為について
被告興銀ファイナンスは、被告興銀とは別法人であり、融資及び差し入れ担保の適否の判断も独自に行っていたものであり、被告興銀が、被告興銀ファイナンスとの間で、教唆・ほう助の関係や客観的共同関係に立ったことはない。
2 破産者の被告らからの借入れ行為又はそれによる逆ざやとなる利息の支払行為が、破産債権者を害する行為として否認の対象となるか(予備的請求関係)
(原告の主張)
(一) 右1の原告の主張(一)記載のとおり、ワリコーを担保とする破産者の被告らからの借入れは、破産者に逆ざやとなる金利負担を生じさせるものであり、破産者の一般財産を減少させ、破産債権者を害する行為に当たる。
(二) 逆ざやとなる金利を負担してでも貸付けを受けられることによる経済的な合理性がある場合には、借入れ行為又はこれによる逆ざやとなる金利の支払行為が破産債権者を害する行為とならない場合もないではないが、右1の原告の主張(二)記載の点に照らすと、ワリコー担保貸付け一覧表(一)、(二)記載の破産者の被告らからの借入れ行為又はこれによる逆ざやとなる金利の支払行為には、合理性はない。
(三) 破産者及び被告らは、破産債権者を害することを知っていた。
破産者は、少なくとも平成二年九月以降は、逆ざやを伴う借入れによっていわゆる自転車操業を繰り返し続けていたのであり、それによって一般財産が減少し、破産債権者を害することを知っていた。
被告らは、破産者が、主として株式投資によりその経済活動を行っていることを熟知していたところ、少なくとも、平成二年九月以降は株価が暴落し、その回復の可能性も当分見えず、不動産価格も暴落していたのであるから、右時期以降も破産者の財産状態に変動がない(あるいは財産が増加した)などと分析しているはずはない。
破産者の借入金の多くは、いわゆる借換えによって経済的には連続しているが、一般に借換えが行われるのは、本来の返済期限の実質的な延長であるから、借主側には返済困難な状況があるとみるのが経験則に合致する。
(四) 原告は、ワリコー担保貸付け一覧表(一)、(二)記載の破産者の被告らからの借入れ行為又はこれによる逆ざやとなる金利の支払行為を破産法七二条一号により否認したので、被告らが収受したワリコー担保貸付け一覧表(一)、(二)の逆ざや差額欄記載の金員は、破産財団に対する不当利得となる。
(被告らの主張)
(一) 破産債権者を害する行為について
(1) 前記1被告らの主張(一)(1)から(3)までと同様の理由で、ワリコー担保融資は破産債権者を害する行為とはいえない。
破産者が、利息付きで被告興銀から借入れをした行為は、借入期間中元本を利用するという利益が伴っているから、破産者の利益を害することはなく、有害性・詐害性は存在しない。ワリコー担保貸付けの場合もこの点は同じである。仮に、破産者のワリコー購入資金を、被告興銀が直接破産者に貸し付けた場合には、結果として、ワリコー利率と借入れ利率との差について破産者の支払超過が生ずることになるが、これとても、破産者による無償の出えんとはいえない。なぜなら、破産者は、借入れ債務を負担する見返りに、債券市場において値が日々変動する独自の経済的価値を有するワリコーという債券を取得しており、一般市場金利が低下したときには、ワリコーの利率が借入れ利率を上回って、破産者が利益を得る可能性を有していたからである。
現に破産者は、ワリコー等の債券を単純に債券発行銀行から新発債を買うに止まらず、昭和六三年末の割引債券三一二億円の内二四億円、平成元年末の割引債券三一六四億円の内六一七億円、平成二年末の割引債券一〇五八億円の内八六億円は、債券市場において買い付けたものであることが明らかとなっており(乙二)、破産者は証券市場のみならず、債券市場においてもその利ざやの取得を企図し、実行していた事実が十分うかがえるからである。
(2) ワリコーの利息を支払うのは被告興銀であり、融資の利息を受け取るのは被告興銀ファイナンスであるから、そもそも逆ざやの問題を生じることもない。利息の支払自体は、融通を受ける対価であるから、これを否認することはできない。
(二) 破産者の認識について
破産者の被告らからの借入れは、被告ら以外の破産債権者を害することを知って行っていたというものではなく、単に自己の犯行の発覚を先に延ばすために銀行、ノンバンク等からの借入れを続けていたというのが真相である。
(三) 仮に、破産者の被告らからの借入れ行為又は被告らへの金利支払行為が破産債権者を害するものであったとしても、被告らはそのことを知らなかった。被告興銀は、東洋信金の偽造定期預金証書を担保として受け入れ、引き替えにそれまで担保として受け入れていた三〇〇億円のワリコーを詐取された被害者であり、被告らに悪意はおよそ存在しない。
第三 判断
一 争点1(被告らの破産者に対するワリコー担保の融資が破産者に対する不法行為となるか)について
1 融資の必要性・合理性については、第一次的には、借主が自ら判断すべきであり、また、それが可能であるのが通常であることに加え、借主は、客観的には融資を受ける必要性・合理性がないことを知りながら、あえてそのような行動に出る自由をも有しているのであるから、当該融資が、客観的見地からは借主にとって必要性・合理性を有しないものであったとしても、当該融資に至る過程において、貸主が借主の自己決定権を実質的に侵害し、それが融資取引関係における信義則に反すると認められるような特段の事情がない限り、貸主がこれについて不法行為責任を負うことはないというべきである。そして、右特段の事情としては、貸主が、当該融資が借主に何らの経済的利益をもたらさない不合理なものであることを知りながら、自らが不当な利益を得る目的で融資をしたというだけでは足りず、さらに、貸主が、借主の経済的合理性に関する判断を誤らせるような行為を積極的にし、借主に対する取引上の優越的地位に乗じて、借主が融資を拒絶することを著しく困難にし、又は、借主が経済的合理性に関する正常な判断能力を有しないことを知りながら、これに乗じたなどの事情が存在する場合でなければならない。
原告が指摘するように、貸金業法には、「貸金業者は、資金需要者である顧客又は保証人となろうとする者の資力又は信用、借入れの状況、返済計画等について調査し、その者の返済能力を超えると認められる貸付けの契約を締結してはならない。」(一三条)との規定があるが、貸金業法は、貸金業者が、顧客等に対する経済的優位性を利用して、主として高金利での貸付け等により、自らが過大な利益を追求する一方で、顧客等の経済的破たんを招く事例が少なくなかった状況にかんがみ、貸金業者の事業に対し必要な規制を行うことによって、資金需要者等の利益の保護を図るとともに、国民経済の適切な運営に資することを目的とする(同法一条参照)いわゆる行政法規に属し、右一三条違反の行為に対する罰則はなく、一定の高金利による融資について「出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律」に定める罰則の適用があるにすぎないことにかんがみると、右一三条はいわゆる訓示規定であって、右一三条に反する融資が、直ちに私法上も違法と評価され、顧客等に対する不法行為を構成すると即断することはできず、前記特段の事情に当たるような場合に限って、不法行為を構成することがあり得るというべきである。
2 認定事実
証拠(<省略>)によれば、次の事実が認められる(一億円未満の端数は切り捨てて表示することがある。)。
(一) 破産者は、昭和六二年ころからは、自己資金だけではなく、金融機関等からの借入金によって投資額を次第に増加させていった。破産者は、昭和六一年から逮捕されるまでの間に、のべ二一社の証券会社との間で、多数の名義を使用して、株式投資等を行っていた。
そのような中で、勧業角丸証券難波支店長は、破産者の経営する料亭「大黒や」の一階の事務所に午前九時ころから午後七時ころまで常駐して、破産者から株式投資等の注文を受けるようになり、そのうちに、同証券の費用で、右事務所内に電話やファクシミリを設置して大量の取引を行うようになった。破産者は、同証券の担当者が自らの意にそわない事務処理をしたとして、同証券との取引をやめ、昭和六三年一一月ころからは、山一証券の担当者が、右事務所に常駐して、株式投資等を行うようになった。
(二) 破産者の株式等の売買高は、年間累計で次のように推移し、右期間の総合計では、売却が二兆〇五四六億円、買い付けが二兆二五九九億円にも上っていた。
昭和六一年度 売却二億円 買い付け四億円
同六二年度 売却三三六億円 買い付け三六七億円
同六三年度 売却四四四〇億円 買い付け五〇六五億円
平成元年度 売却七一七九億円 買い付け八九八〇億円
同二年度 売却四〇九一億円 買い付け四七五〇億円
同三年度 売却四四九七億円 買い付け三四三〇億円
(三) 昭和六一年から平成元年にかけては、株式相場全体がこれまでにない上昇局面を迎えていたことから、借入れにより購入した株式を一定期間後に売却することで、その間の金利負担を超える利益を容易に上げることができたことなどから、破産者の資産総額は、時を追って増加したが、平成元年の途中から株式相場全体が下落局面に入ったことから、それまでのように利益を上げることが困難になり、急速に資産が減少した。その間に、破産者は、のべ六二社の金融機関等から借入れを継続しつつ、その資金を株式投資等に向けたり、定期その他の預金として保有したりしていた。その資産と負債の明細は、別紙「資産状況表」記載のとおりであり、資産総額、負債総額は次のように推移している。
昭和六一年度 資産総額四五六億円借入金三四一億円 純資産一一五億円
同六二年度 資産総額七七二億円借入金六二〇億円 純資産一五一億円
同六三年度 資産総額一七八九億円借入金一五二五億円 純資産二六四億円
平成元年度 資産総額六一八二億円借入金六六七九億円 純負債四九八億円
同二年度 資産総額二六四九億円借入金七二七一億円 純負債四六二一億円
(四) 破産者は、昭和六二年三月、被告興銀の難波支店を通じて、ワリコー一〇億円を購入し、被告興銀との取引を開始した。
(五) ワリコーは、被告興銀の発行する一年満期の割引債で、額面から利息相当額を割り引いた確定価格で発行され、満期に券面額の金銭を受け取ることができるものである。ワリコーは、債券市場において売買されており、購入者は、満期前にこれを市場価格で売却することができる(ただし、売却価格は券面額と必ずしも一致しない。市場金利が低下した場合には債券価格は上昇し、市場金利が上昇した場合には債券価格は低下するのが一般である。)し、被告興銀に対し、途中換金を請求することもできる(ただし、その場合には、被告興銀の店頭表示金額を差し引くこととされている。)。
(六) 被告興銀大阪支店資金部長の鈴木和男(以下「鈴木」という。)は、破産者の経営する料亭等を頻繁に訪れて、破産者との間につながりをつくり、難波支店と取引のあった破産者に対し、難波支店は、ワリコーの販売をするだけで融資はできないので、今後は、大阪支店と取引をしてもらいたいなどと持ちかけるとともに、そのころ、被告興銀では、個人の顧客に対する融資業務にも力を入れているので、破産者にも融資を受けてもらいたいなどと持ちかけた。破産者は、鈴木を信頼していたことから、特に資金需要はなかったにもかかわらず、鈴木がそれで営業成績を伸ばせたり社内での立場がよくなるのであれば、それに協力しようなどと考えて、鈴木に勧められるまま、昭和六二年五月二〇日、二五億円の融資を受け、それまでに購入していたワリコーをその融資の担保に入れた。
(七) 破産者は、同月二八日に、ワリコー二五億円を購入した。これ以後も、破産者は、融資を受けた当日やその後しばらくしてから、ワリコーを買い増ししていくことがあった。その後も、破産者は、被告興銀大阪支店を通じて、融資を受けるようになり、その担保として、ワリコーや他行の定期預金等を提供していた。破産者が被告興銀から受けた融資とその際の担保の状況は、別紙「甲野花子―本行 貸出・担保残高推移表」記載のとおりである。
(八) 破産者は、被告興銀からの融資を継続するについて、融資金の利率その他の融資条件についてさして吟味することもなく、ワリコーの利率が借入れ利息よりも低いため、ワリコーを担保に借入れを継続すると、利ざや相当額の損失を被るということにもとんちゃくしていなかった。しかし、破産者は、少なくとも、被告興銀をはじめとする銀行の貸出金利が、いわゆるノンバンクに比べて低率であることや、大口の定期預金の金利が他の預金に比して高率であるという程度のことは理解していた。
(九) 被告興銀と破産者との平成二年九月以降の取引は、長期融資に関するものは基本的に従来の取引の継続である。短期融資に関するものは、前提事実5のとおり変動している。担保となるワリコーも償還期が来れば、その償還金で新たなワリコーを購入し、引き続きそれを担保提供するということが多く行われていたが、なかには、他行の預金を担保に差し入れて、ワリコーを破産者に返却するということも行われていた。
(一〇) 破産者の投資等の取引は、おおむね、証券会社の担当者らの勧める銘柄の売買を実行するかどうかを破産者がその都度指示し、その取引の結果生じる資金の移動について、前記大黒やに常駐していた税理士事務所の事務員が破産者に相談し、破産者がその資金の移動を指示し、手元資金が不足し借入れが必要になった場合には、破産者が、銀行やノンバンク等の金融機関に対して、個別に融資を依頼し、金融機関の担当者と融資の担保について相談し、その都度決定するという形態をとっていた。
(一一) 被告興銀ファイナンスは、被告興銀が資本金の一部を出資している被告興銀の関連会社のノンバンクであるが、被告興銀ファイナンスは、大阪に支店その他の営業拠点を有しないことから、破産者との取引に当たっては、被告興銀大阪支店副調査役の深堀哲之(以下「深堀」という。)らが破産者との間で書類の授受をしたり、被告興銀ファイナンスの担当者が、破産者のもとに出向いていく際に同行するなどしていた。
被告興銀ファイナンスは、自ら預金等によって資金調達をすることはなく、銀行等(被告興銀には限らない。)から有利子の資金を調達し、それに0.3パーセントから0.5パーセント程度の利率を上乗せして、顧客に貸出しをすることで、右上乗せ分の利幅相当の利益を取得するという営業形態をとっている。
3 右認定事実によれば、次のようにいうことができる。
(一) 被告興銀関係
(1) 一方で、預金等の現金化が容易な金融資産を保有しつつ、他方で、それによる運用金利よりも高率の金利での借入れをする行為は、いわゆる逆ざやを生じるから、その点だけについていえば、借主にとって経済的には不利益なものである。しかし、預金等が定期性のものであり、満期前に解約すれば低率の金利の適用を受けるような場合には、解約をしないで、これを担保に借入れをした方が有利な場合がある。したがって、逆ざやを生じるような担保を徴求してする融資が、借主にとって常に経済的に不利益とは限らない。
破産者の被告興銀からの借入れと破産者が保有するワリコーとは、借入期間とワリコーの満期とが対応する関係にはなく、それぞれ別の期間計算のもとに併存する関係にあったから、ワリコーに回した資金で借入金を返済するには、借入金の弁済期に、ワリコーを途中換金して返済資金を用意するか、ワリコーが償還期を迎えた際に、その償還金で、借入金を弁済期前に繰上げ弁済することになる。しかし、ワリコーは、満期前に途中換金をすれば、定められた手数料相当額を差し引かれるため、これを満期まで保有することには利益があり、必ずしも途中換金をすることがその時点において常に破産者に有利な行為であるとは限らない。また、証券市場においてワリコーを売却する場合も、金利の先行き見通しによっては、市場価格が券面額を相当程度に下回ることもあり、これが破産者にとって常に有利であるとはいえない。
したがって、ワリコー担保の融資が、その性質上当然に破産者にとって経済的に不利益なものであったということはできない。
(2) ワリコーを担保にした融資が長期間継続する場合に限ってみると、通常は、借主に逆ざや相当分の損失が生じるものであり(金利情勢が急激に変化したような場合には、一定の局面で逆ざやを生じないことも考えられるが、破産者と被告興銀との取引の全期間を通じて、そのような局面が生じたことはない。)、その金利の面だけからいえば、経済的な合理性が肯定しにくい性質の取引であるといえる。
しかし、破産者が、自らは格別の生産手段を持たないにもかかわらず、多額の資産を形成した過程は、株価の上昇局面において、極めて高額の借入れとそれによって得た資金に基づく株式投資等によって形成されたものであり、破産者の一存で、極めて多額の取引が即座に成立することを外部に示すことで、破産者の資金力についての虚像が膨らみ、さらに取引額の増加が容易になるという関係があったといえる。破産者が、数百億円単位の資金を自由に操っていたのは、破産者の取引総額が数千億円にも上るというスケールメリットがあったためであると考えられる。そのようなスケールメリットを発揮するためには、それに見合った信用力がなければならないが、被告興銀と極めて高額の取引実績を有することは、破産者の信用力についての虚像を作出する上で、重要な意味合いを持っていた。また、破産者は、鈴木が、破産者の資金需要に即座に応じてくれることで、鈴木及び被告興銀に頼るようになったとも供述するが、鈴木が破産者の資金需要に即座に応じていたのは、破産者が被告興銀と多額の取引をする顧客であったからにほかならない。破産者は、鈴木の勧めるような取引を継続することによって、いざというときには被告興銀が、破産者の資金需要に即座に応じてくれるという安心感を抱くことができたのであり、破産者にとっては、そのような安心感を抱くこと自体が利益であったともいえる。
被告興銀との取引において、融資利息とワリコーの利息との間に多少の逆ざやが生じたとしても、破産者が極めて高額のワリコーを所持し続けることには、右のような重要な意味があったのであり、経済行動としては合理性がないとはいえない。
これらの点からすると、本件融資が、破産者にとって、全く経済的合理性がなかったわけではないというべきである。
(3) ただし、右のような破産者にとっての経済的合理性は、それほど直接的かつ客観的なものではないともいえるから、破産者の自由意思に基づくものであるかどうかについても念のため検討しておくこととする。
甲三七及び破産者の供述からうかがわれる破産者の判断能力に照らすと、破産者自身が、右のようなメリットを冷静に分析し、初めからこのようなメリットの享受を意図して被告興銀との取引額を増大させたかは疑問であり、むしろ、破産者は、被告興銀の担当者との個人的なつながりから、取引額を増大させていったものと見られるが、破産者としても、取引額が増大することによって、自らの意のままにことが運ぶことを直感的に感じ取っていたものと考えられ、高額の取引によって利益を受ける証券会社や金融機関及びその担当者らの思わくも手伝って、取引規模が拡大の一途をたどったという面もあると思われる。しかし、破産者は、金融機関として信用力の高い被告興銀との間において、一個人としては極めて多額の取引を行っていることを周囲に示すことで、他の金融機関に対する自らの信用力を高めることになることを感じ取り、ワリコーの残高を縮小させてまで融資金額の圧縮をすることを望まなかったとも考えられる。破産者は、金融取引等に精通しているとまでは言い難いものの、融資を受ければ借主が利息を支払い、預金をしたりワリコーを購入すれば預金者ないし購入者が利息を受け取るものであるという程度の知識は有していたと認められ、融資利率がワリコーの利率を上回っている場合には、ワリコーを担保に融資を受ける行為を継続すれば逆ざや相当の損失を被るという程度の単純な事柄は、破産者の判断能力をもってしても十分に判断可能であったと認められる。破産者は、融資利率やワリコーの利率を意識したことはないなどと供述するが、それは、破産者の能力では判断ができない複雑な内容であったという意味ではなく、そのようなことを意識しようとしていなかったという趣旨の供述として理解することができる。破産者は、いったん始めた取引を特段の理由もなしに打ち切るものではないとの破産者なりの行動基準を持っており(他方、自らの意にそわない金融機関との取引は即座に打ち切るという側面も持っていた。)、多額の定期預金を特段の理由もなく解約しようとはしなかったし、いったん購入したワリコーが償還期を迎えた場合にも、原則として、乗換えをして、保有残高を減少させなかった。これは、破産者が、被告興銀との取引継続に漠然とした利益を感じていた面もあるし、ワリコー担保融資それ自体の損得計算をするまでもなく、取引継続を第一に考えていた破産者の行動基準が大きく影響している面もあると考えられる。
たしかに、被告興銀の担当者らとしても、破産者とワリコーを担保とする取引を継続することは、十分担保価値を有する担保によって、被告興銀に利益をもたらし自らの営業成績にも影響することなどから、当初は、取引規模の拡大や自己の担当期間中に取引額が減少しないことを望んでおり、ワリコーの購入等を破産者に働き掛け、取引額が増大していく過程においては、その購入資金に、実質上、被告興銀からの融資金を充てたと評価しうるものも含まれていたのではないかと推察される(融資金をそのままワリコー購入資金に充当したと認められるほどの直接的なつながりは立証されていないが、破産者の供述中には、ワリコー担保融資を受ける過程で、鈴木らから「歩積」という言葉を聞かされたと述べる部分がある(甲六二、証人甲野花子)ところ、破産者自身は、もともと歩積預金という用語を知らなかったと思われるから、ワリコー担保融資に当たって、そのような言葉が鈴木らの口から出たのであろうと考えられる。これは、鈴木が、融資金とワリコー購入資金との間に直接的な結び付きが明らかになると、大蔵省が通達で自粛するよう求めている歩積預金ないしはそれに類する取引であると指摘を受けるおそれがあることから、融資金をすぐにはワリコー購入資金に充てず、数日おいてから購入するよう求めるなどの依頼をしていたのではないかと推認させるものである。)。しかし、破産者のいわゆる両建の状態が継続する中で、借換えが継続していくうちに、被告興銀の方針は、融資金の回収すなわち取引額の縮小へと変わっていったことがうかがわれる(甲五の1、2、二三、証人畠山千蔭、同深堀哲之)。
このような経過に照らすと、被告興銀の担当者らが、当初の取引規模の拡大時期においては、ワリコー購入等の働き掛けをした事実はあったと思われるが、その場合にも、それが破産者の自由意思を侵害するような態様で行われたと認めるべき証拠はない。そして、被告興銀とが、取引額の縮小を望むようになって以後は、被告興銀から融資の増額を働き掛けるようなことはなく、せいぜい従前の融資を借換えにより継続することが行われていたにすぎないと認められる。
このような点からすると、被告興銀からのワリコー担保の融資取引は、破産者自身の判断の結果であったということができ、被告興銀ないしその担当者らには、自らの利益の享受から安易に取引額を拡大していった点について非難すべき面がうかがえるとしても、破産者の自己決定権を侵害するなど取引上の信義則に反する特段の事情が存在するとは認められない。
(4) 以上によれば、被告興銀の破産者に対するワリコーを担保とした融資は、破産者に対する不法行為には当たらないというべきである。
(二) 被告興銀ファイナンス関係
被告興銀ファイナンスの融資の原資は、銀行等から調達された資金であり、被告興銀のように、ワリコーを発行して資金を調達しつつそれを担保にして融資をするという形態をとっていないから、被告興銀ファイナンスがワリコーを担保に融資をしたとしても、融資利率とワリコーの利率との利ざや分を貸主が利得するという歩積・両建預金に類似するような関係にはない。したがって、そもそも被告興銀ファイナンスが、破産者に対し、ワリコーが償還期を迎えた際に、その償還資金で新たなワリコーを購入しないで返済資金とするよう勧めたり、ワリコーを満期前に途中換金して借入金の返済をするよう勧めるべき信義則上の義務を負うことはないというべきである。
なお、被告興銀が、被告興銀ファイナンスに対する資本関係を有することから、被告興銀ファイナンスの融資について支配介入している実態があり、現に破産者との取引も被告興銀の担当者らが、そのような関係に基づいて、被告興銀ファイナンスから破産者への融資を行わせていたとしても、被告興銀ファイナンスが取得する利益は、右に見た0.3パーセントから0.5パーセント程度の上乗せ利率の範囲内に限られるのであるから、融資利率とワリコーの利率との利ざや分について被告興銀ファイナンスが損害賠償責任を負う余地はない。被告興銀が被告興銀ファイナンスから破産者への融資の原資を提供(いわゆるバックファイナンス)している場合には、この三者の関係を一体として見れば、被告興銀が逆ざや相当の利益を取得する関係を生じることがあり、これに基づいて、被告興銀に信義則上の責任を問う余地はないではないが(ただし、本件においてこのような主張・立証はない。)、その場合に損害賠償責任の主体となるのは被告興銀である。
よって、被告興銀ファイナンスの破産者に対するワリコー担保の融資は、破産者に対する不法行為とはならない。
二 争点2(破産者の被告らからの借入れ行為又はそれによる逆ざやとなる利息の支払行為が、破産債権者を害する行為として否認の対象となるか)について
1 ワリコー担保融資が破産債権者を害する行為となりうるかについて
(一) 被告らからの借入れによって、破産者は、元本に見合う金員を現実に取得しており、一般財産を減少させていないから、右借入れ行為自体が否認の対象となることはない。そこで、ワリコーを担保としてそのような融資を受けた行為を全体的に評価して、これを否認することができるかが問題となるが、ワリコー担保融資が、破産者にとって経済的に何らの利益のない取引であったといえないことは、前記一3で述べたとおりである。ただし、ワリコーを保有しつつ、それに見合った金額の借入れを継続する行為は、長期的にそのような状態を継続すれば、結果として、破産者が利ざや相当額の損失を負担することが多く、それを上回る投資利益等を上げない限りは、破産者の資金規模とのかねあいによっては、利ざやの負担が原因となって経済的破たんにつながるおそれもあることから、そのような意味で、破産者の行っていた両建ての投資手法自体が、破産債権者を害する行為に該当する可能性があるので、破産者が投資利益を上げる可能性がなかったといえるかについて検討する。
(二) 原告は、平成二年九月以降は、株式相場が上昇する見込みがなかったので、破産者の行っていた両建ての手法の危険性が明らかであったと主張するところ、右の時期以降の株式相場を全体的に見れば、株価が下落した銘柄が多数存在したことは事実であるが、個別の銘柄には、その時期以降も上昇を続けたものが存在し、長期的に下落したものであっても、ある時期には上昇と下落とが交錯した時期があったはずであり、現物取引だけを前提にしたとしても、右の時期以降に株式投資をしても、利ざや相当額以上の利益を上げることが不可能であったと断定できるものではない。さらに、信用取引によれば、株価の下落局面において利益を得ることが可能であり、破産者の取引中には信用取引による売買も含まれている(甲三九。信用取引をしていないとの破産者の証言は信用性が低い。)のであって、結局、相場全体の下落局面において利益を得るような投資判断をすることは難度が高いというだけにすぎない。したがって、右の時期以降に、両建ての手法を継続すれば、経済的に破たんすることが確実であったとか、損失を拡大することが確実であると断定できるものではない。
原告は、破産者の保有する株式の値上がりによって、損失をカバーすることが可能であったかどうかを論じるが、前記認定の破産者の株式投資等の売買高からすると、破産者は、長期的に保有する株式の値上がりによって利益を得ていただけでなく、短期的な株式売買等によっても利益を得ていたと考えられるから、その保有する株式が何倍以上に値上がりしなければ損失をカバーできないという計算だけで、投資利益の見込みを判断しうるものではない。
以上は、株式相場が全体的に下落局面にあることが予測可能であるとの前提に立ったとしても、そのような投資手法によって利益を得ることが不可能ではないということを述べたものであるが、さらに、この時点における経済予測等によっても、株価が長期的に下落を続けるとの予想が一般的ではなかったことも考慮する必要がある。当時の相場観としては、株価が一定の調整局面を迎えてはいるが、ある時期以降には相場が全体的に反騰する局面を迎えるであろうという予測も多く存在したのである(乙五〇から五四まで)。
(三) したがって、結果的に、破産者が、株式投資等によって、逆ざやを上回る利益を上げることができず、経済的に破たんしたとしても、そのことから、ワリコー担保融資を受けた時点において、その行為自体が客観的に破産債権者を害する行為としての性格を有していたということになるものではないから、本件借入れ行為自体又はそれに基づく逆ざやとなる利息の支払行為を否認することはできないというべきである。
2 被告らの認識について
(一) 原告の主張にかんがみ、念のため、破産者の資産状態に関する被告らの認識についても検討しておくこととする。
(二) 破産者が経済的危機状態に陥った時期
破産者の事業にとって、株式投資等を行うための資金は、血液にもたとえられるものであり、その資金繰りが停止してしまうことは、経済的な死を意味することになる。破産者は、常に資金を流動させ、投資資金を確保し続けることによって、利益を得る機会を確保する必要に迫られていた。このような場合、客観的には、融資を受けることでしか資金を循環させる方法がなくなった場合、利息相当額以上の運用実績を上げない限り、いずれ資金繰りに行き詰まることは避けられないものであったといえるが、その資金繰りに行き詰まる時期は、その当時の経済情勢や破産者の資金規模に照らして判断すべきものである。破産者は、平成元年末には四九八億円の債務超過に陥っているものの、この時点では資産総額が六一八二億円と債務超過額をかなり上回っているから、資金を循環させる余力はまだあったと考えられる。しかし、破産者は、平成二年末には、資産総額(二六四九億円)を上回る四六二二億円の債務超過に陥っており、資金繰りにも相当困窮していたと推認され、平成二年七月以降は、東洋信金門真東支店長(後に今里支店長)の前川朝美と通じて、同信用金庫の偽造定期預金証書を担保にして融資を受けたり、担保の差し替えをするようになっていたものであるから、遅くとも平成二年末ころ以降は、正常な方法では資金を循環させることができなくなって、経済的な危機状態に陥っていたと認められる(右資産状態等は前記一2(二)で認定したとおり)。
(三) 被告らが、破産者が、平成二年末ころ以降は、正常な方法では資金を循環させることができなくなって、経済的な危機状態に陥っていたことを知っていたかについて、証拠(<省略>)及び前記一2認定の事実によれば、次の事実が認められる。
(1) 畠山千蔭は、被告興銀の大阪支店資金部長として着任後、破産者の資産状況について調査をしておく必要があると考え、破産者の担当者であった深堀に調査を命じた。深堀は、破産者自身や、山一証券の担当者などから、破産者との株式取引等についての聞き取り調査などをもとにして、平成三年五月一六日付けで、平成二年九月末から平成三年三月末までの間の破産者の資産負債状況、資金移動状況等を一覧表にとりまとめた。それによると、平成二年九月末には、資産計八八五八億円、負債計五一七二億円、純資産三六八六億円、平成三年三月末には、資産計八八六九億円、負債計四三四一億円、純資産四五二八億円、平成二年九月末から平成三年三月末までの期間中の経常収支はマイナス二八億円とされている。
(2) 破産者は、平成三年四月一七か一八日ころ、深堀に対し、担保として差し入れているワリコーを顧問税理士が確認したいといっているので、一時返却してほしい、その代わりに、担保として、東洋信金の三〇〇億円の定期預金証書を差し入れると申し出た。深堀は、被告興銀の上司の決裁を得て、担保差し替えの手続をし、東洋信金の三〇〇億円の定期預金証書を受け取り、これについて質権設定の手続をした上で、同月一九日、額面一五九億円のワリコーを担保解除して破産者に返却した。この定期預金の預金証書は、前川が破産者と通じて作成した偽造のものであった。
破産者は、同月二三日ころ、ワリコーの確認が済んだので、再度担保の差し替えをしたいと申し出て、右返却を受けたワリコーを再度担保として提供し、右三〇〇億円の定期預金証書の返還を受けた。
(3) 被告興銀は、同年五月二二日、破産者の申出により、短期的な措置として、右三〇〇億円の定期預金に担保を設定し、額面五三億円のワリコーを返却する担保差し替え手続をし(同月末に一部返済を受けたことにより、右定期預金への担保設定は解除された。)、同年六月二五日には、またも税理士が担保としているワリコーの記番を確認したいと言っているなどという破産者の説明を信用して、東洋信金の一五五億円の定期預金に担保を設定する手続をし(後にその預金証書が偽造と判明した。)、ワリコー一五八億四四九八万円相当を返還し、同年七月二二日には、前記三〇〇億円の東洋信金の定期預金に担保を設定して、三一二億九九五〇万円相当のワリコーを担保解除して返還した。
(4) 被告興銀は、同年八月五日に返済期限の到来した五〇億円と二〇〇億円の融資について、同日、借替えの融資を実行したほか、同月九日には、破産者からの預金払戻し請求に応じている。
(5) 鈴木副支店長らは、同年八月九日、破産者が差し入れた東洋信金の定期預金証書が偽造であることを知り、畠山、深堀らは、翌一〇日にこれを知った。
(6) 被告興銀の担当者らは、同年八月一二日、別紙「(興銀)貸付け状況表」記載の同年七月一〇日借換えの一八〇億円、同月二四日借換えの七〇億円、同年八月五日借換えの五〇億円について、担保にとっていたワリコーのうちの三〇〇億円について満期前に買入償還の手続をとり、その償還金を弁済金として受領した(破産者はその承諾をしていないかのような供述をするが、ここでは承諾の有無については論じないこととする。)。
(四) 右認定の事実によれば、被告興銀の担当者らは、破産者が偽造の定期預金証書を使用して資金繰りをしており、その経済状態がこれまで把握していたものと異なることを、少なくとも平成三年八月九日までは認識していなかったと認められる(この点は、破産者自身も、鈴木副支店長に偽造の預金証書のことを打ち明けるまで、被告興銀では、破産者の資金繰りが危機的状況にあることを知らなかったであろうと証言している。)。
原告は、株式相場全体の下落傾向が明らかになった平成二年九月以降は、破産者の資産状態が危機にひんしていることを被告興銀の担当者らも知り得たはずであるとの趣旨の主張をするが、破産者がそれまで元利金の支払を滞らせたこともなく、前記認定のような取引規模・資産規模を有していたことからして、多少の損失は吸収可能な資金力を有すると信じたとしても不自然ではなく、原告の右主張は理由がない。
なお、被告興銀ファイナンスの担当者であった坂本雅昭は、破産者の逮捕が報道された平成三年八月一三日まで、破産者の信用に不安を抱いたことはなかった(ただし、その時点でも、手元資金で利払いをして元本の借換えをする余力はまだあるのではないかと思っていた。)と述べている(甲三八、証人坂本雅昭)ところ、右供述の信用性に疑問を抱かせるような証拠はないから、同人が、右の時点以前に破産者の経済的危機状態を知っていたとの事実は認定できない。
(五) したがって、本件融資が、担保としたワリコーとの間に逆ざやの関係を生じさせ、それが破産債権者を害する行為としての性質を有するとしても、被告らの担当者が、破産者が経済的危機状態に陥っていることを知ったのは、いずれも本件融資実行後のことであるから、この点からも、本件融資それ自体又はそれに基づく利息の支払行為を否認することはできないというべきである。
(裁判長裁判官竹中邦夫 裁判官森實将人 裁判官武智克典)
別紙(興銀)貸付状況表(一)〜(四)<省略>
別紙(興銀ファイナンス)貸付状況表<省略>
別紙ワリコー担保貸付一覧表(一)、(二)<省略>
別紙資産状況表<省略>
別紙甲野花子―本行貸出・担保残高推移表(一)〜(六)<省略>